ベリーズのマヤ民族-伝統文化を守る女性たちの暮らし-

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日本にはあまり知られていない、中米のベリーズ。この国で、マヤ文明の末裔(まつえい)たちは伝統文化を守り、貧しさのなかにも幸せを感じ、日々の暮らしを送っている。一家の中心であるマヤ女性は多くを語らずとも、相手の気持ちをくみとり、理解してくれる。この点は「和」を重んじる日本人に共通している。民芸品を売って生計を立てる女性たちに、品質向上のためのアドバイスや試作品づくりなどの活動支援をした私は、短期間での活動を円滑にするために、多くの村に滞在した。女性そして母親という共通点をフルに活用し信頼関係を築くことができてから、私の活動は順調だった。


ベリーズ南部トレド郡近郊のマヤ村には、モパン族マヤとケクチ族マヤという二つの民族が暮らしている。モパン族100パーセントの村もあるし、ケクチ族100パーセントの村もある。それぞれ半分ずつ混在する村もある。民族構成の比率により、村の特徴は全く異なっている。もちろん、モパン語とケクチ語の両方を話す人もいる。しかし学校では、授業が英語で行われているので子供たちは笑顔で話しかけてくれる。


マヤ女性の暮らしぶりを紹介しよう。女性の1日は食事の支度からはじまる。主婦は暗いうちに起きて、朝食のメインであるトルティーヤを作る。多くの家では主婦が一人で朝食の準備をする。材料はとうもろこしの粉や小麦粉で、家族の人数分をひたすらこねて、丸めて、広げて、かまどで焼くという作業を繰り返す。食事、後片付け、掃除、川での洗濯や行水、農作業のほかは、ハンモックに揺られてゆったりと余暇をすごしている。一般的にマヤ女性は4~7人の子供を産み、夫は育児にかかわることはない。母親が忙しいときは長男長女が幼い赤ちゃんの世話をする。昭和初期の日本の農村の暮らしに似ているのではないだろうか。 


余暇を手工芸に費やす女性もいて、ジピジャパと呼ばれる草で、バスケットや小物をせっせと編んでいる。母親から娘へこの作り方を伝承し、手先の器用なマヤ女性はこれらの小物を売り、わずかな収入を得ている。私も編み方を教えてもらったが、上手に編めるまでに時間がかかった。しかし基本をマスターしてからはアイデアが湧き出して、さまざまなアレンジでジピジャパのバッグを試作した。信頼関係が深まれば作品の販売について語ることができ、また、バスケットだけでなく新しい作品への探究心や女性たちの興味も引き出しやすくなった。私たちは多くの試作品を作り上げた。残念ながらそれらの販売までは見届けられなかったが、女性たちの収入向上の一助になったと思っている。


女性たちの生活に戻ろう。マヤの人々はお昼は簡単な食事ですませ、日が傾くと夕食作りを始める。電気がなく、真っ暗の中ではすることが何もないので、夕食を終えると、家族はとにかく早く寝てしまう。長い夜はハンモックで眠る。ベッドで眠る時は、母親は多くの子供たちと川の字になっている。電気がないマヤ村では、驚いたことに、高校生は片手に懐中電灯を持ち宿題やレポートを書いている。暗い食卓で熱心に勉強する、その姿にはとても感動した。マヤ村を訪問するたびに、あたりまえのように電気を使っている私たちの生活を振り返り、自然の太陽の光をいまさらながらありがたいと感じる。


約束なしの突然の訪問や宿泊も、快く受け入れてくれた女性たち。感情を伝え合い、お互いの手工芸の技術を教え合い、またマヤの伝統や文化に直接体験できた喜びは決して忘れない。

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かわいらしいマヤ村、アグアカテ

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屋根裏はこんなかんじです

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きれいに整頓されている一般的なかまど 


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トルティーヤづくりを楽しむ

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艶やかな豊かな女性の髪にうっとり

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代表的なお土産品、マヤバスケット。サイズも大小いろいろあり

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