南米チリの先住民村に起きた「小さな変化」
ドンドンドンと太鼓の音。男たちの「オー」という掛け声。マキ(植物)を持ち、大地を踏みしめて踊る女たちの銀飾りの音がシャンシャンと響く。生後8ヶ月の子羊の心臓を、祈祷師マチが祈りを唱えながら神に捧げる。やがてトーテムポールに、すっと一筋の朝陽が差し込む。この瞬間、「神が宿った」ように思えた。
私は、チリの南部にある任地フレイレで行われた、先住民マプチェの儀式ギジャトゥンに参加した。この地にスペイン人征服者が到達するずっと前、何千年も前から行われてきた儀式で、神に収穫を祈り、感謝の気持ちを表すために行われる。
マプチェの起源は、今から約14000年前、ユーラシア大陸からベーリング海峡を越えアメリカ大陸へ渡ったモンゴロイド系の人々が定住したとされる。モンゴロイドの特徴である細くて一重の目、頬骨の張った顔つき、体毛が薄く、手足の短いずんぐりした体型を有する。マプチェのおばあさんは、色が少し黒い点を除けば、顔も体型も日本人のおばあさんそっくり。マプチェは言わば「遠い時代に別れた私たちの親戚」だ。
フレイレ村は首都サンチアゴから南へ700km。サンチアゴはヨーロッパや北米の都市のような発展ぶりだが、フレイレでは65%以上がマプチェで、「1世紀遅れ」と言える貧乏な暮らしをしている。市街地から遠く、水道が普及していないため井戸水を利用し、穴を掘って周りを囲っただけの不衛生なトイレ、雨が多いのにビニールを貼っただけの窓や天井など。文字が読めない人や、1ヶ月30000ペソ(約6000円)で暮らす人も多い。サンチアゴに住むチリ人も知らない貧困の現実。
私はこの村で観光客にマプチェ文化を紹介するツアーを組んだり、手工芸品を売るなど、現金収入が入るよう活動している。マプチェは貧しいけれど、お茶に招いてくれたり、観光客を連れてきたお礼にと、庭でとれたサクランボや卵をくれる。「売る場所がなかった手工芸品が売れた」、「観光客と話をして、知らない国のことを学んだ」と喜んでくれる。その笑顔を見て、赴任1年目は理解されなかった観光のメリットがようやく伝わりつつあるようで、とても嬉しい。
儀式ギジャトゥンに参加してからマプチェの態度が変わった。今までよりも親しみを持って接してくれる。「日本でもギジャトゥンをやるの?」、「ギジャトゥンは退屈じゃなかった?」と聞かれる。残念ながら、若い世代はマプチェ語が話せず、伝統儀式を続けていく意欲がない。手工芸品を作る職人も減っている。子供の世代で技術が途絶えてしまうかもしれない。私は、観光によって伝統文化を保存し、彼らが誇りを持って文化を紹介できる仕組みを作っていければと願っている。

マプチェ歴の新年を祝う儀式ウェトリパントゥで子供が太鼓を叩く。新年は6月24日、南半球のチリでは冬至にあたる

男女1対のトーテムポール

伝統的な機織り技術を観光客に披露する職人

ドイツ人観光客が訪問。観光客とマプチェの笑顔。観光をやってきて良かったと思う瞬間だ

筆者とマプチェの女性。伝統的な家ルカの前で

私の配属先、フレイレ区役所主催で、マプチェ語の授業や伝統料理を作るイベントを行った。伝統文化を守っていかないと、伝統が失われるばかりか、観光地としての魅力もなくなってしま