これからの道
「どうすればこの国の体制が変わるのか分からない。どこから手をつければ良いのか。どう思う?」―。私は言葉に詰まり、答えることができなかった。
新人職員の海外OJT(職場内訓練)で、カンボジアで3ヵ月半を過ごした。冒頭の問いは、JICAの技術協力プロジェクト「農業資材(化学肥料及び農薬)品質管理能力向上計画」のアシスタントスタッフのディマンが投げかけたものだ。
彼はカンボジアの大学を優秀な成績で卒業し、クメール語、フランス語、英語の3ヵ国語を話し、いずれは海外でビジネスを始めたいという目標を持っている。とてもまじめで、やる気のある若者だ。こうした優秀な若者が、カンボジアで活躍できる場を見いだせないまま国が変わるのを待つよりも、自分が国外に出るという選択をせざるを得ない厳しい現実がここにはある。
その背景にはカンボジアの特殊な歴史があるといえるだろう。1970年代から90年代初めまでカンボジアは内戦時代だった。その間に起こったポル・ポト率いるクメール・ルージュ(カンボジア共産党)による大量殺りく、強制労働および飢饉(ききん)が、カンボジアの人口構造に歪みを生み出した。影響は今も色濃く残っており、人口の約6割を10代と20代の若者が占めている。
そのため、人材育成と労働環境の整備がカンボジアにとって大きな課題の一つとなっている。しかし、公務員の給料が安く教師が副業をしているため学校にいなかったり、上層部が首を縦に振らない限り下は動けないという官僚主義的な体制があったりと、課題が浮かび上がってはいても、ディマンが言うように、どこから手をつけていいのか分からない状態だ。
彼の質問を受けて、カンボジアに来てすぐに出会った3人の王立農業大学の学生を思い出した。彼らは、酒造農家の米蒸留酒生産を支援しているJICAの草の根技術協力プロジェクト(注)「伝統産業の復興による農産物加工技術振興プロジェクト」の技術スタッフだった。まだ大学生の彼らにとって、年上で経験のある酒造農家を相手にすることは簡単ではない。酒造農家を訪問した後には必ずミーティングを開き、日本人専門家から彼ら自身も熱い指導を受けていた。
自分の意見を英語で話すことに慣れていないこともあり、ミーティングは数時間にわたる日もあった。それでも彼らは専門家からのアドバイスを真剣に聞き、求められていることに真摯(しんし)に応えようとしていた。その不器用ながらも真っすぐ前を見つめて頑張る彼らの姿勢はとても印象的だった。
経験も知識もない新人職員の私が、カンボジアの若者に答えを示すことはできない。しかし、彼らと共に悩み、考え、行動することはできる。カンボジア国内でも輝きながら働ける若者を増やしていくためにも、ここで出会った彼らと共に不器用ながらも真っすぐに進んでいきたい。
(注)日本のNGO、大学、地方自治体および公益法人などの団体による、開発途上国の地域住民を対象としたコミュニティー開発や保健医療分野などの協力を、JICAが支援し、共同で実施する事業。
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農業資材(化学肥料及び農薬)品質管理能力向上計画

カンダール州で農薬販売員に聞き取り調査をするディマン(左)

真剣な目でミーティングをする王立農業大学の学生たち

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地方までの道中でディマンが読んでいた「億万長者になる方法」

農家が作ったお酒を味見する学生

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