お互いSama

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私は現在バリ州北部の町、シガラジャにある国立ガネイシャ教育大学で日本語教師として活動しています。バリと聞くと、多くの方は「観光業のための日本語」を思い浮かべられるかもしれませんが、私の配属先は高校の日本語教師養成を目的としています。インドネシアでは多くの高校で第2外国語の一つとして日本語の授業が行われており、高校の日本語教師が求められています。あまり知られていませんが、インドネシアは日本語学習者数が世界第3位の国で(国際交流基金の「2009年海外日本語教育機関調査」による)、高校生がその大半を占めているという特徴があります。バリ州北部には目立った観光地がないため、学生が日本人と触れ合う機会はほとんどありません。そのため、配属先ではネイティブの教師として日本語授業を受け持つことが望まれています。そして、何よりシガラジャはバリの中心部から車で3時間という地理的条件から、人材が集まりにくいという問題を抱えています。悲しいことに配属先も教師不足に頭を悩ませています。私が日本語授業を担当する背景には、こうした事情もあります。


当初、日本人がいない地域だからこそ、授業では毎回、音声練習やアクティビティを取り入れ、日本語に触れる機会を積極的に提供したいと強く思っていました。その結果、学生からは「まだ難しいけれど、高低アクセント(雨、飴)の大切さに気づいた」「アクティビティをすると、習った日本語をすぐに使えるから、表現を覚え、語彙(ごい)が増える」といううれしい反応がありました。それだけではなく、授業をより効果的にするためには「アクティビティにもう少し時間をとった方がいい」「音声練習は大切だからこそ、もっと教え方に工夫ができるのでは?」という冷静な意見もありました。教師への尊敬の念が強い地域だと聞いていたので、少し意外に感じましたが、「率直に意見をぶつけても大丈夫」と私を信じてくれたのだと思っています。


このほかに「先生は私たちを気遣ってくれるけれど、先生は私たちに助けを求めてこない」「もっとコミュニケーションをとりたいから、先生もインドネシア語を頑張って」という声がありました。まだまだ17、18歳の学生・・・と思っていましたが、彼らは私を「日本語を教えてくれる人」ではなく、一緒に授業を作り上げるパートナー、「人と人」として向き合う準備が既にできているのだとハッとさせられました。提供することばかりに気が向いていましたが、学生が求めていることはずっと受け取りつづけることではなく、自分たちも提供すること。今は何事もSama(インドネシア語で「一緒に」の意)、Sama-sama(「何事もお互い様」の意)の大切さを考えさせられる毎日です。


JICA国別取り組み インドネシア

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国立ガネイシャ教育大学日本語教育学科の学生が勉強する校舎

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キャンパス内には、ヒンズー教の学問の神様、ガネイシャの像がある

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学生同士ペアで音声練習を行う


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クラス全体で「何をしていますか」のアクティビティを行う

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