慈悲の国、スリランカで考えたJICAの技術協力(後編)
(前編からの続き) しかし、私は「人々はなぜカルマそのものを拭い去ろうとはしないのか?」という疑問がどうしても消えない。今目の前にある危機は心ある人々が助けてくれるかもしれないが、それは一時的なものである。世の中には私などが知る由もない厳しい現実があるのは確かだろう。だが、カルマという言葉が様々な社会の不条理や、困窮、不自由に対する諦めや慰めのように聞こえるのは私だけではないはずだ。 いつかはスリランカの人々が自分の力で問題を克服し、力強く発展していけるようになることがJICA職員としての私の願いでもある。ただし、スリランカという援助の現場にいると、本当にこの国に合った方法なのかと、違和感を覚えることもあった。 スリランカには東洋の伝統医学「アーユルヴェー...
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