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    <title>世界HOTアングル</title>
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    <updated>2012-02-10T00:44:09Z</updated>
    <subtitle>世界約150ヵ国のJICAの現場で活躍する人々のHOTな声をお届けします</subtitle>
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    <title>SMSでつながる「障害と開発」の現場</title>
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    <published>2012-02-10T06:36:21Z</published>
    <updated>2012-02-10T00:44:09Z</updated>

    <summary>フィリピンは7,000を超える島からなる島国で、陸続きの国と異なり、島々の移動には困難を伴います。また、都市部や海外への出稼ぎ労働者が多く、家族のきずなを大切にするフィリピン人にとって、「つながる」手段の確保は、日常生活の豊かさを享受するために欠かせません。 そんなフィ...</summary>
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        <![CDATA[<p>フィリピンは7,000を超える島からなる島国で、陸続きの国と異なり、島々の移動には困難を伴います。また、都市部や海外への出稼ぎ労働者が多く、家族のきずなを大切にするフィリピン人にとって、「つながる」手段の確保は、日常生活の豊かさを享受するために欠かせません。</p>

<p><br />
そんなフィリピンでは、コミュニケーションの手段として携帯電話のSMS（ショート・メッセージ・サービス）がとてもよく使われています。これは日本でいう携帯メールにあたるものですが、フィリピンでは仕事の場でもよく活用され、さらに、国際協力の現場でも貴重な情報収集・伝達手段となっています。</p>

<p><br />
2008年10月より、「地方における障害者のためのバリアフリー環境形成プロジェクト」を、農村部にある二つの地方自治体で実施しています。プロジェクトの現場では、インターネットへのアクセスが限られていることもあり、SMSでのやりとりが欠かせません。障害者グループの活動予定や活動結果を交換したり、自治体の首長との打ち合わせ日程を調整したりする時にSMSを活用しています。SMSは、タイムリーな情報を共有したい時や急ぎの返事が欲しい時などにとても重宝します。中には、パソコンへのEメール送付の際には、同時に「Eメールを送りました」とSMSで知らせてほしいという人もいるほどです。</p>

<p><br />
開発途上国、特に農村部における携帯電話やSMS普及の効果についてはさまざまな研究がなされています。例えば、タイムリーな市場情報の共有による経済効果、モバイルヘルス（注）を通じた医療水準の向上、また、災害対策などでも効果を挙げている、という報告があります。</p>

<p><br />
SMSはバリアフリーにも貢献しています。社会にはさまざまなバリア（障壁）がありますが、コミュニケーションのバリアフリーにはSMSが力を発揮します。電話での会話が困難な聴覚障害者や言語障害者にとって、SMSは大切なコミュニケーション手段の一つです。実際、彼らからもSMSがよく届き、貴重な意見や心の動きを知ることができます。また、音声メッセージが聞ける携帯電話を使えば、視覚障害者とのコミュニケーションもSMSを通じて行うことができ、時には信じられないくらい長いメッセージが届くこともあります。</p>

<p><br />
現場に赴き、現場の空気に触れ、直接対話することが国際協力では求められていますが、SMSを通じたコミュニケーションは、時には実際に会った時以上の情報を交換し、個人的なレベルで結びつく機会を生み出してくれます。また、議題や進行手順が綿密に組まれた会議からだけではなく、気軽なやりとりからも貴重な情報を得ることができ、そうしたやりとりは、時により密度の濃い文化や状況の共有を可能にしてくれます。そういった意味でも、国際協力の現場では、現場からもたらされる情報に対する丁寧な姿勢やきめ細かい対応が求められているのだと思います。</p>

<p><br />
（注）携帯電話などの携帯通信機器を利用して行う医療のこと。SMSでリアルタイムの医療情報を交換したり、離れた場所にいる医師が患者に健康管理情報を提供したり、診察を行ったりする。<br />
</p>]]>
        
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    <title>自分の歯で食べよう</title>
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    <published>2012-02-07T08:25:37Z</published>
    <updated>2012-02-07T00:17:25Z</updated>

    <summary>私は、世界で最も早く日付が変わる国の一つキリバスで、同国に初めて派遣された歯科衛生士として活動しています。キリバスでは、人口約10万人に対して歯科医師はたったの3人しかいません。また、歯科衛生士の養成機関が無いので、歯科医師以外で歯科衛生について知識を持つ人がほとんどい...</summary>
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        <![CDATA[<p>私は、世界で最も早く日付が変わる国の一つキリバスで、同国に初めて派遣された歯科衛生士として活動しています。キリバスでは、人口約10万人に対して歯科医師はたったの3人しかいません。また、歯科衛生士の養成機関が無いので、歯科医師以外で歯科衛生について知識を持つ人がほとんどいないのが現状です。</p>

<p><br />
想像していたとおり、私が指導すべき事がいくつも見つかりましたが、そのうちの一つが「妊婦さんへの歯科衛生教育」です。妊婦さんは、女性ホルモンの増加やストレスなどの体調変化により歯肉炎が発症しやすく、また、不規則な食事やつわりなどできちんとしたブラッシングも難しくなるため、口腔（こうくう）衛生指導がとても大切です。</p>

<p><br />
食べ物をかみ、味わい、食事を楽しむといった健康な生活を誰もが望んでいます。それを持続するためには日々の口腔ケアが必要不可欠であり、定期的な歯科検診や、効果的なブラッシング法についての指導は積極的に行うべきです。特に女性への指導は、いずれ母親となった時に子どもに対する歯科衛生教育に影響するので重要です。</p>

<p><br />
キリバスの離島に住む人々にとって、歯科治療のできる病院へ行くのは容易なことではありません。だからこそ、予防の意識が必要です。知識のある人が分かりやすく伝えなければいけません。一人ひとりの患者さんと接し、やり方を伝えることが必要です。私は、絵と文で紙芝居のような物を作成し、虫歯や歯周病について彼女たちに伝えることにしました。ブラッシング法は一緒に模型を使って練習し、後日、使用中の歯ブラシを持参してもらい患者さん自身の口腔内で再度練習しています。</p>

<p><br />
キリバスの女性は、10代後半で結婚する人が多く、結婚後は専業主婦となり、学校へは通いません。そのため、キリバス語しか理解できない人がほとんどなので、説明はすべてキリバス語で行います。興味を持って身を乗り出して話を聞いてくれる人、自分の口元で歯ブラシの動かし方を練習してくれる人もいました。やはり、みんな健康な歯で食事を楽しみたいのだと思いました。</p>

<p><br />
これからも「患者さんと一緒に」を忘れずに、熱意を持って口腔衛生指導をしていきたいと思います。<br />
</p>]]>
        
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    <title>障害者自身による啓発活動－ドミニカ障害者協会－</title>
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    <published>2012-02-03T09:11:12Z</published>
    <updated>2012-02-03T01:13:44Z</updated>

    <summary>ドミニカは、カリブ海に浮かぶ人口7万人の緑豊かな島です。首都ロゾーにあるドミニカ障害者協会（DAPD）は、心身にハンディを持つ200人以上のメンバーからなるNGOで、職員も全員何らかの障害を持っています。ドミニカには障害福祉の法律がなく、教育、雇用、保障制度などさまざま...</summary>
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        <![CDATA[<p>ドミニカは、カリブ海に浮かぶ人口7万人の緑豊かな島です。首都ロゾーにあるドミニカ障害者協会（DAPD）は、心身にハンディを持つ200人以上のメンバーからなるNGOで、職員も全員何らかの障害を持っています。ドミニカには障害福祉の法律がなく、教育、雇用、保障制度などさまざまな課題を抱えています。DAPDは障害者の声を代弁する組織として、障害者の権利擁護に関する活動やメンバーへの研修などを行っています。</p>

<p><br />
DAPDの運営資金は政府や海外からの援助、企業や市民からの寄付が主体です。11月3日の独立記念日を控えた10月は、ドミニカ全土で独立を祝うさまざまな行事が開催されるため、DAPDもこの時期に全国規模の募金活動を展開します。6回目の今年は、DAPDの活動の認知向上を目標に、以下の取り組みを行いました。</p>

<p><br />
（1）募金箱とポスターの配布：企業やコミュニティーに設置する募金箱を目立たせるため、DAPDのシンボルカラーである黄色と水色に塗り替え、ステンシルでロゴを入れて一新しました。また宣伝効果が上がるよう、ポスターとDAPDの紹介パンフレットを作成し、商店や学校に配布しました。</p>

<p><br />
（2）イベントブースの出展：10月24日から27日に開かれたコンサートイベントにブースを出展し、自主製作品の販売と募金活動を行いました。活動紹介としてパネルを展示し、来場者に分かりやすく伝えました。4日間のイベント期間中は、雨にもかかわらず300人を超える人々が来訪し、私たちの活動に興味を持ってもらえました。</p>

<p><br />
（3）街頭募金：10月28日は職員とメンバーが民族衣装を着てロゾー市内で寄付を募りました。私は全盲の所長と一緒に市場やレストランを回り、街ゆく人に声をかけて協力を依頼し、多くの人から温かい言葉と寄付をいただきました。</p>

<p><br />
こうした活動などで所長や車椅子のメンバーを介助する際にいつも感じるのが、側溝がふさがれておらず、また、段差が多くスロープがないなど、不便な道路が多いことです。身体に不自由のない私でも歩くのに大変苦労します。バリアフリーの環境は、一般の人にもメリットがあるということを社会にアピールし、近い将来ハード、ソフトの両面で障害者に優しい社会が作られるよう、職員・メンバーと共に啓発活動に力を入れていきたいと思います。<br />
</p>]]>
        
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    <title>歌って踊って環境教育－マサイ族の町で－</title>
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    <published>2012-01-31T00:39:44Z</published>
    <updated>2012-01-31T09:34:43Z</updated>

    <summary>大都会ナイロビからミニバスに乗り1時間ほどすると、景色はガラリと変わる。これぞアフリカ！と感じさせてくれるサバンナが一面に広がり、道端にはキリンが立っている。ふとバスが止まる。赤い布と美しいビーズを身にまとったマサイ族の男性とヤギが立っていた。「これ以上どこに乗るんだ」...</summary>
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        <![CDATA[<p>大都会ナイロビからミニバスに乗り1時間ほどすると、景色はガラリと変わる。これぞアフリカ！と感じさせてくれるサバンナが一面に広がり、道端にはキリンが立っている。ふとバスが止まる。赤い布と美しいビーズを身にまとったマサイ族の男性とヤギが立っていた。「これ以上どこに乗るんだ」という私の心配をよそに、乗客たちは押し合いへし合い、あっという間に男性の座るすき間が出来上がった。ヤギは私の足元に収まる。何事もなかったかのように、ミニバスは出発した。大音量のアフリカンミュージックと共に。</p>

<p><br />
マサイ族の町ナロックで森林保全の仕事を始めて痛感したのは、この地で木を1本育てることがどんなに大変かということだった。配属先のエワソンギロ地域開発公社が寄贈した苗木を植えた小学校の様子を見に行くと、「飲み水がないのに木に水やりはできない」「ゾウが出るので川まで水くみに行けない」「休みの間に牛にすべて食べられてしまった」―。苗木園がスクマ（ケニア人にとって欠かせない野菜）畑に変わっていたのを見た時は、さすがにケニア人同僚もがくぜんとしていた。どの学校も、何百本も植えたという苗木のほんの一部しか育っていなかった。</p>

<p><br />
木は野菜と違って目に見える変化が少ない。現金収入を得られるとしても何年も先だ。今日の飲み水を探す人々にとって、木に水をやるというのは難しい。しかし、一方でその大切な水を保有してくれる森林が刻一刻と破壊されていっているのもケニアの現実だ。</p>

<p><br />
「木を植えよう」という前に「なぜ植えるのか」を知ってもらいたくて、視覚教材を作り授業を始めた。皆、うなずきながら熱心に聞いてくれる。でも何か足りない。もっと楽しく、ケニア人の心にスッと入るような環境教育ってできないだろうか。自問自答の日々が続いた。</p>

<p><br />
ケニア人の生活に歌と踊りは欠かせない。休日に友達の家に遊びに行った。歌と踊りのDVDを1日中、見続けている姿を見て、「これだ！」と思った。そんな時、村で森林保全の歌を歌っているマサイ族のママたちがいるといううわさを聞いて、すぐに彼女たちに会いに行った。マサイ語の歌と踊りはインパクトがあり、何よりママたちは楽しそうだった。</p>

<p><br />
その後、小学校の子どもたちに環境の歌を教えることになった。今まで水くみを嫌がっていた子どもが、「木の赤ちゃんを育てよう～私たちの未来のために～」と歌いながら水やりをしている姿を見た時、歌の力はやはりすごいなぁと感じた。最近は、森のことを絵で表現する授業も始めた。頭で理解するだけではなく、心と身体で感じながら身近な環境のことを学んでほしいと思っている。<br />
</p>]]>
        
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    <title>北九州市長がカンボジア政府から最高位勲章を授与－水道事業の人材育成に貢献－</title>
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    <published>2012-01-27T03:24:19Z</published>
    <updated>2012-01-31T02:14:29Z</updated>

    <summary>カンボジアでの「水道事業人材育成プロジェクト（フェーズ2）」にJICA専門家を派遣している北九州市の北橋健治市長に対し、カンボジア政府から友好勲章「大十字章」が贈られました。この勲章は、カンボジアの発展に尽力した外国人に国王名で与えられる最高位の勲章で、日本人の受章は極...</summary>
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        <category term="カンボジア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>カンボジアでの「水道事業人材育成プロジェクト（フェーズ2）」にJICA専門家を派遣している北九州市の北橋健治市長に対し、カンボジア政府から友好勲章「大十字章」が贈られました。この勲章は、カンボジアの発展に尽力した外国人に国王名で与えられる最高位の勲章で、日本人の受章は極めて珍しく、JICA事業の下で実施してきた水道分野の人材育成の成果が高く評価されたものです。北橋市長のほか、同市水道局職員らにも友好勲章「騎士章」が贈られ、10月25日に実施された北九州市の水道事業100周年記念式典で、伝達式が行われました。</p>

<p>　<br />
JICAによるカンボジアの水道事業支援は、1993年に実施された「プノンペン都上水整備のための調査」から始まり、その後、浄水場など水道施設の改修を手掛けました。カンボジアでは、長年の内戦の影響で上水道が整備されていない地域が多く、また整備した施設を適切に管理・運営する人材も不足していたため、JICAは1999年より、北九州市水道局の協力を得てプノンペン都水道公社に専門家を派遣し、技術協力を開始しました。2003年には、「水道事業人材育成プロジェクト（フェーズ1）」を開始し、2007年からは同プロジェクトのフェーズ2として、シェムリアップ、シアヌークビルなど8都市の水道局の人材育成に取り組んでいます。</p>

<p>　<br />
これまで北九州市水道局はカンボジアに44名の職員を派遣しており、1993年には25パーセントだったプノンペン都の水道普及率が90パーセントを超えるなど、目覚ましい成果をあげています。また、漏水率も90年代の70パーセントから、日本レベルの6パーセントに激減。その功績は国際的にも有名で、「プノンペンの奇跡」と称されています。</p>

<p><br />
また、北九州市は、カンボジアに加え、インドネシア、エジプトでの経験と成果を生かし、ベトナム北部のハイフォン市と中国・大連市に対しても技術支援を実施しています。今後も各国水道事業の発展に継続的に貢献するため、日本の民間企業やプノンペン都水道公社との連携を強化し、それによって技術支援から水ビジネスへと展開していくことが期待されています。<br />
</p>]]>
        
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    <title>紛争の影響を受けている母子の命を救うために</title>
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    <published>2012-01-24T03:16:33Z</published>
    <updated>2012-01-24T00:36:24Z</updated>

    <summary>ハイバル・パフトゥンハー州と、それに隣接する連邦政府直轄部族地域（FATA）は、パキスタンの北西部に位置し、アフガニスタンと国境を接していることから1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻以来、多くのアフガニスタン難民を受け入れてきました。アフガニスタンの内戦が終結した...</summary>
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        <category term="パキスタン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>ハイバル・パフトゥンハー州と、それに隣接する連邦政府直轄部族地域（FATA）は、パキスタンの北西部に位置し、アフガニスタンと国境を接していることから1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻以来、多くのアフガニスタン難民を受け入れてきました。アフガニスタンの内戦が終結した後は、この地域にパキスタンのタリバンが浸透したため、2009年にパキスタン軍によるタリバン掃討作戦が行われ、350万人の国内避難民が発生するなど、長い間紛争の影響を受けてきました。また2010年には大洪水に見舞われ新たな国内避難民が発生し、人々は厳しい生活を余儀なくされてきました。</p>

<p><br />
このような状況を踏まえ、JICAはハイバル・パフトゥンハー州とFATAから80名の母子保健医療従事者を首都イスラマバードに呼び寄せ、これまで30年近くにわたり医療関連の支援を行ってきたパキスタン医科学研究所母子保健センターで研修を行いました。ハイバル・パフトゥンハー州とFATAの慢性的な医療従事者不足に配慮し、残された医療従事者に負担がかからないよう1週間のコースを各回20名ずつ、4回に分けて実施しました。</p>

<p><br />
自宅出産率が高いという地域の特徴を考慮して助産師の能力向上に力を入れ、危険なお産の兆候の見分け方、リスクの高い妊産婦を専門医に送った際に適切な処置の手がかりとなる分娩経過図の記入方法や臨床実習など、母子保健医療に最低限必要な知識やスキルの向上を目指した研修内容にしました。参加した助産師たちは、特殊な器具がなくても正しい処置をすれば救える命があるということを知り、また今まで難しいと思い躊躇（ちゅうちょ）していた措置を、自信を持って施すことができるようになったと語っています。</p>

<p><br />
女性が男性家族の同伴なしに外出することがなかなか許されない文化の中、研修員の女性たちは出発前から連絡を取り合い、連れ立ってイスラマバードまでやってきました。中には乳飲み子を抱えて参加した女性や、自腹で交通費や滞在費を払って女性に同伴してきた夫がいましたが、それもこの研修の重要性を理解しているからこそ犠牲を払って協力してくれたのです。</p>

<p><br />
いまだ100万人近くに上る国内避難民にとって、帰還する際の判断材料となるのが故郷の治安と行政サービスの回復具合です。故郷に技術を習得した助産師がいるという情報が伝われば、国内避難民の帰還を促す材料となります。この研修についても大々的に宣伝したいところですが、研修員がテロの標的となることを避けるため、研修中は広報を控えなければならないという紛争地ならではのジレンマがあります。この記事も、4回の研修がすべて終了してからの掲載となりました。この地域はいまだ厳しい環境にありますが、研修を受けた助産師たちは、元気な赤ちゃんを取り上げ、紛争の影響を受けている人々に喜びを運んでいることでしょう。<br />
</p>]]>
        
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    <title>ミャンマー食紀行3「学校のラペットウ編」</title>
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    <published>2012-01-20T03:02:07Z</published>
    <updated>2012-01-20T00:38:47Z</updated>

    <summary>昔々のミャンマー。王様が巨大な仏塔を建てて悦に入っていたような時代のこと。口論をした人たちは、ある一つのルールに従わなければならなかったらしい。それは、どんなに激しい議論を戦わせた後でも、必ず一緒にラペットウという食べ物を食べ、そのきずなを深めることだという。 さて、こ...</summary>
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        <name>入力担当者</name>
        
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        <category term="ミャンマー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>昔々のミャンマー。王様が巨大な仏塔を建てて悦に入っていたような時代のこと。口論をした人たちは、ある一つのルールに従わなければならなかったらしい。それは、どんなに激しい議論を戦わせた後でも、必ず一緒にラペットウという食べ物を食べ、そのきずなを深めることだという。</p>

<p><br />
さて、このラペットウという食べ物、なんともユニークで魅力的な存在だ。「ラペッ」というのはお茶、「トウ」はサラダを意味する。つまり「お茶サラダ」だ。皆さんは、お茶といえば飲むのが当たり前とお思いかもしれないが、広い世界の中には食べるお茶も堂々と存在するのである！</p>

<p><br />
このラペットウ、伝統的には、お茶の葉の漬物に、ゴマ、南京豆、揚げニンニク、干しエビを混ぜていただく。お好みで、トマト、唐辛子、生ニンニク、揚げ豆、ショウガなどもトッピングする。一口食べると、お茶のほろ苦いさわやかな風味に、ゴマや南京豆の香ばしさ、ニンニクやエビのうま味が混然一体となり、すごく奥の深い味わいがある。でも、しょっぱいのであまりたくさんは食べられない。風通しの良い涼しい部屋にゴザを敷き、ちゃぶ台を囲んで、ラペットウをお茶請けにちびちびと食べつつ、中国茶を飲んで談笑するのがミャンマー流のすてきな時間の過ごし方といえる。</p>

<p><br />
教育プロジェクトという私の仕事柄、地方の学校におじゃまして、インタビューをしたり、授業を見せてもらったりすることがよくある。そんな時も、まずは職員室で「これはなかなかのラペットウですなあ。ほほう、産地はシャン州ですかな？」などと言いつつお茶をすすり、打ち解けた後に、学校の様子を徐々に聞いていくと、わりと生の面白い情報が入ってきたりする。ちょっと厳しめの授業改善指導をした後なども、またまたラペットウを食べつつ談笑して、そのきずなを深めてからお互いに笑って気持ちよく別れる。</p>

<p><br />
ミャンマーでは、接していて非常に気持ちが良い人が多い。それは、このラペットウの食べ方に表れているように、伝統的に他人を思いやり、お互い不快にならない関係をつくっていく工夫をする成熟した文化のおかげだ。最近の情勢をみると、欧米との外交が活発になり、経済制裁が解ける日も近い気がするが、みんなが豊かになりつつも、こういう素晴らしい伝統と文化はなくならずに、長く残ってほしいと切に思う。皆さんも、ミャンマーに来られた際には、ラペットウを食べて、ミャンマーの人ときずなを深めてみてはどうだろうか。</p>

<p><br />
<small>【関連リンク】<br />
<a href="http://www2.jica.go.jp/hotangle/asia/myanmar/000689.html">ミャンマー食紀行1「シャンシュエリー食堂　タミンバウン編」<br />
<a href="http://www2.jica.go.jp/hotangle/asia/myanmar/000719.html">ミャンマー食紀行2「ティンティンエー食堂　モヒンガー編」<br />
</a></small></p>]]>
        
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    <title>精神科での院外活動</title>
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    <published>2012-01-18T02:29:40Z</published>
    <updated>2012-01-18T01:37:47Z</updated>

    <summary>日本では、というよりも世界的にもあまり知られていない国、カリブ海のドミニカ国。「野球の強い国でしょう？」―ドミニカ共和国と勘違いする多くの人からこんな反応が返ってきます。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の撮影地となったカリブの秘境ドミニカ。私はこの国で精神科作業療法...</summary>
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        <name>入力担当者</name>
        
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        <category term="ドミニカ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p>日本では、というよりも世界的にもあまり知られていない国、カリブ海のドミニカ国。「野球の強い国でしょう？」―ドミニカ共和国と勘違いする多くの人からこんな反応が返ってきます。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の撮影地となったカリブの秘境ドミニカ。私はこの国で精神科作業療法に従事しています。</p>

<p><br />
私が配属されているプリンセスマーガレットホスピタルは、ドミニカ国で唯一の総合病院。そこに精神科病棟が併設されています。慢性期・急性期合わせて60床ほどの小所帯ですが、それを生かした活動を月ごとに行っています。3ヵ月に1度のピクニック、スポーツ大会、新年コンサートなど、スタッフ総動員で患者さんと共に海へ川へと出かけていきます。</p>

<p><br />
先日は、病院の近くの広場に集まり、みんなで体を動かす会を催しました。「スポーツ大会」と聞いて、運動会のようなものを想像していた私には少し拍子抜けでしたが、みんないい顔で走り回っていました。</p>

<p><br />
スタッフは朝早くから患者さんのお弁当作り。患者さんは、朝ごはんを食べてから広場に移動です。サンドイッチとスナック菓子、ジュースに水を準備して出発！</p>

<p><br />
バスケットボール、サッカー、クリケットなど、みんな思い思いのスポーツを楽しんで、汗まみれ泥まみれになりながら走り回る1日。入院・外来問わず、時間の経過とともにいつの間にか広場に集まってゲームに参加する患者さん、ゲームには参加しないけれど音楽に合わせて楽しそうに踊る患者さん。普段はうかがうことのできない一面を垣間見ることができ、有意義な1日となりました。</p>

<p><br />
一人でできることは限られているけれども、みんなで協力すればなんだってできる。そんな当たり前に思えることも、なかなか実現するのは難しいことです。でも、この国の人たちは、自然にそれを実践しています。誰のためのイベントか、と思うくらい、スタッフ自身も一緒に楽しんで、それぞれができることをできるだけやる。現地の人たちのおおらかさを感じる時間でした。イベントに限らず、普段からこんな笑顔がみられるような活動をしていきたい、と改めて思う1日になりました。<br />
</p>]]>
        
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    <title>産後に何を食べていますか？</title>
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    <published>2012-01-13T07:54:10Z</published>
    <updated>2012-01-13T00:43:24Z</updated>

    <summary>私は、ラオスの首都ビエンチャンから南約500キロメートルに位置するサバナケット県病院の産婦人科病棟で助産師として活動しています。毎日、出産に立ち会ったり、産後の母親と話をしたりしていると、いくつか気になることがあります。その一つに、産後の食事制限が挙げられます。 ラオス...</summary>
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        <name>入力担当者</name>
        
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        <![CDATA[<p>私は、ラオスの首都ビエンチャンから南約500キロメートルに位置するサバナケット県病院の産婦人科病棟で助産師として活動しています。毎日、出産に立ち会ったり、産後の母親と話をしたりしていると、いくつか気になることがあります。その一つに、産後の食事制限が挙げられます。</p>

<p><br />
ラオスでは伝統的習慣として、産後は母乳がたくさん出るようにと薬草を煮たお茶を飲み、もち米と塩を主に食べます。それ以外のものは、口にしてはいけないと考えられていて、ほとんど食べません。その結果、偏った栄養バランスから母親の体調不良、栄養失調、貧血、そしてその母乳を飲む乳児の栄養失調といった問題が生じています。</p>

<p><br />
実際に、こういった症状から入院となったケースも見ています。病院で妊婦検診を受けている場合や都市近郊に住んでいる場合は、正しい知識を得やすい環境にあり、食事制限をしていない母親もいますが、しきたりを大切にする家族や村落部に住む人々の中では、まだまだ多くの母親が食事制限をしています。</p>

<p><br />
そんな状況から、入院中の母親と家族を対象に、ラオス人の同僚と一緒に、産後の食事指導を始めることにしました。この食事指導は、ただ話をするだけでなく、実際に食材を用いて目で見てもらい、食べてもらうという、頭も体も心も満足できる内容になっています。実際に食べてみることによって、何を食べても大丈夫だという安心感と確信を持てるのではないかという考えから導入しました。対象者からは、「以前は食べてはいけないといわれていた物も食べられるということが分かった」「制限せず、何でも食べるようにします」といううれしい反応が返ってきています。また、家族を含めた指導を行うことで、母子の食事のみならず、家族自身の食生活にも関心を持ってもらえるのではないかと思っています。</p>

<p><br />
現在は、月に1回のイベントとなっていますが、病棟スタッフや病院側から回数を増やしてほしいとの声があがっており、同僚と話を進めているところです。伝統的習慣に介入していくのは、非常に難しいことです。簡単に変えることはできないし、むしろ変えようと思って取りかかってはいけないと思います。彼らの習慣を尊重しながら、小さなことから地道にかかわっていきたいと思います。<br />
</p>]]>
        
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    <title>海洋地球研究船「みらい」のクルーズに参加して</title>
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    <published>2012-01-10T00:43:14Z</published>
    <updated>2012-01-10T00:53:14Z</updated>

    <summary>最近、「観測史上最高の暑さ」とか「数十年に一度の大雨」といった言葉をよく耳にしませんか？ 日本でも昨年は台風12号が甚大な被害をもたらしましたし、タイでは洪水で多くの方々が犠牲になり、日系をはじめ多くの企業に被害が広がりました。「史上最高」「数十年に一度」の気象現象が頻...</summary>
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        <![CDATA[<p>最近、「観測史上最高の暑さ」とか「数十年に一度の大雨」といった言葉をよく耳にしませんか？ 日本でも昨年は台風12号が甚大な被害をもたらしましたし、タイでは洪水で多くの方々が犠牲になり、日系をはじめ多くの企業に被害が広がりました。「史上最高」「数十年に一度」の気象現象が頻繁に起きている―。地球の気候は確かに、かつてない規模で変動していると実感させられます。</p>

<p><br />
インドネシアとその周辺は、地球規模の気候変動を考える上で、非常に重要な地域の一つです。インドネシアの北、フィリピンの東あたりの太平洋は、台風が生まれるところですし、タイに大雨をもたらした低気圧も、インドネシア周辺の大気や海洋の変化が大きく関係しています。</p>

<p><br />
こうしたインドネシア周辺の大気や海洋の変化を精緻（せいち）に観測し、そのデータを分析して数ヵ月から1年程度の短期的な気候変動を予測し、人々の生活や産業に役立ててもらうこと。それが、私たちが取り組んでいる「短期気候変動励起源地域における海陸観測網最適化と高精度降雨予測プロジェクト」の目的です。</p>

<p><br />
昨年5月に、海水温度などを観測するブイを海に設置する訓練航海を、インドネシアの技術者や研究者たちと共同で実施しました。この航海では、インドネシア側の安全や5S（整理・整頓・清潔・清掃・しつけ）に関する認識、航行技術などいろいろな課題が浮き彫りになりました。もっとも最初から彼らだけで完ぺきにできたら日本の出番はありません。だからこそ技術協力が必要なわけです。</p>

<p><br />
そこで、インドネシアの技術者8人が日本で研修を受けるとともに、当プロジェクトの日本側実施機関である独立行政法人「海洋開発研究機構（JAMSTEC）」の海洋地球研究船「みらい」の観測クルーズに、2人のインドネシア技術者が参加しました。</p>

<p><br />
ゴミひとつ落ちていない清潔な船内、厳しい安全管理、船の乗組員とブイ投入チームの息の合ったプレーなど、彼らにとって学ぶところがたくさんあったようです。この経験を「やっぱり日本はスゴイなぁ」とか「インドネシアとは違うなぁ」で終わらせてほしくないと切に願っていたところ、昨年11月に行われたブイのワークショップでは、クルーズ参加者や研修参加者たちによる積極的な発言や質問が、飛び交っていたそうです。普段は控えめであまり自己主張しないインドネシア人ですが、やはり研修やクルーズに参加してもらったかいはあったと、うれしく、そして、頼もしく思いました。</p>

<p><br />
今年予定されている「メイド・イン・インドネシア」の第1号機ブイ製作、そして、それを海に設置する航海では、彼らが中心的役割を担ってくれることを期待しています。<br />
</p>]]>
        
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    <title>大きな、「チョータ・マカーン（小さな家）プロジェクト」と女子技術教育の未来</title>
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    <published>2012-01-06T00:46:09Z</published>
    <updated>2012-01-06T01:11:08Z</updated>

    <summary>「アサラムアレイクム、チャロ、クラス（ウルドゥー語と英語の混ざり言葉で「おはよう、ほらほら、早く教室に行きな！」）」―。私が毎朝、廊下で学生たちに声をかける。男子・女子学生から元気よく笑顔で「コンニチハ､サー」と返ってくる。 JICAの技術協力「技術教育改善プロジェクト...</summary>
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        <category term="パキスタン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>「アサラムアレイクム、チャロ、クラス（ウルドゥー語と英語の混ざり言葉で「おはよう、ほらほら、早く教室に行きな！」）」―。私が毎朝、廊下で学生たちに声をかける。男子・女子学生から元気よく笑顔で「コンニチハ､サー」と返ってくる。</p>

<p><br />
JICAの技術協力「技術教育改善プロジェクト」（2008年12月～2013年12月）は、産業人材育成の実施機関であるレイルウェイロード技術短大を、産業界のニーズに沿った教育が提供できるモデル校にすることを目的としている。</p>

<p><br />
私がプロジェクトの専門家として赴任した当時、建築科の5人の教員は、半地下の暗く埃っぽい、机もない部屋で、授業の準備をしていた。教員数が足りず、月曜日から土曜日の午前7時45分から午後7時40分まで、教員は休む暇もない。教室では、薄暗く換気の悪い環境で、大きな製図台に男子学生5人ほどが群がって授業を受けていた。モデル校にはほど遠い状況だった。　</p>

<p><br />
今年3月までに、教員は、女性を含め10人とほぼ適正な人数がそろい、教員室も整備された。教室は塗装されて照明も完備され、机といす、プロジェクターも整備された。教員の士気も学生の意欲も高まってきた。</p>

<p><br />
そんな中、臨時採用だった女性教員から「女子学生を募集しよう」と声が上がった。しかし、男子校のため女子トイレがない。校長や州レベルの技術教育・職業訓練庁（TEVTA）と話し合い、トイレ設置が決まった。8月の募集までにチラシを作成し、教員が女子中学を訪問して配った。テレビ取材を依頼し、CMも組んだ。新聞にも記事が掲載され、9月の新学期に28人が入学した。このイスラム教の国では、16歳から18歳までの男女共学は初めて。力車タクシー運転手の父親は「これでカースト（身分制度）が変わる」と言って、握手を求めた。</p>

<p><br />
今年は、さらに女子募集の周知が進み､TEVTAの男女平等推進への配慮も深まり、90人の募集に対し36人の女子枠を設けた結果､すぐに定員が埋まった。皆、成績優秀である。</p>

<p><br />
「チョータ・マカーン（小さな家）プロジェクト」は､単身者が最低限暮らせるシンプルなモデル住居を設計し、手書き製図、模型、CAD製図、見積もり書、測量の出来栄えを競う科内技術コンペである。設計から施工までの知識が身に付き、大きなものに応用できるようにすることを目的としている。</p>

<p><br />
パキスタンでは公務員､銀行員､看護師､スーパーマーケットの店員と女子の就業先は限られている。しかし、人口増加が著しく､建築業界が今後大いに発展し、女性も活躍できる場は十分にある。田舎へ嫁いだ女性がマイクロファイナンスを利用して起業する､女性同士で起業する。そんな未来図も見えてくる。</p>

<p><br />
ある時、女子学生たちがこう言った。「日本は津波で大変なことになったのに、たくさん支援してくれる。必ず日本の皆さんにシュクリア（ありがとう）と伝えて下さい」―。大きな目は涙で潤んで光っていた。<br />
</p>]]>
        
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    <title>障害者を守るためにできること－粘り強く働きかけることの大切さ－</title>
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    <published>2011-12-28T02:33:10Z</published>
    <updated>2011-12-28T00:45:42Z</updated>

    <summary>「命の期限はアッラー（神様）によって決められているのよ。あの子はよくここまで生きられたわ」。助けられたかもしれない命を失った子を目の当たりにし、ヨルダン人の同僚が言った言葉です。 私の配属された知的障害者の施設では、重度の障害者に対して必要なケアが十分にされていませんで...</summary>
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        <name>入力担当者</name>
        
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        <category term="ヨルダン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="中東" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>「命の期限はアッラー（神様）によって決められているのよ。あの子はよくここまで生きられたわ」。助けられたかもしれない命を失った子を目の当たりにし、ヨルダン人の同僚が言った言葉です。</p>

<p><br />
私の配属された知的障害者の施設では、重度の障害者に対して必要なケアが十分にされていませんでした。また国全体でみても、障害者に対する活発な支援活動が実施され、専門知識を持った人材が多く育成されてはいるものの、資金不足、地域による支援状況の格差、文化的背景からくる問題など、課題は多々ありました。そんな現状に、ただただ胸を痛めているだけでした。</p>

<p><br />
そんなとき、障害者にかかわる日本人ボランティアがヨルダンにいると聞きつけ、「施設に入れないので、うちの子に何かケアをしてほしい」と、私に声をかけてきた家族がいました。看護師として、私にできることとは―。胸を痛めるだけでなく、私は動き出しました。</p>

<p><br />
半年以上かけて、知的障害者の入所施設と看護師が常駐している施設を中心に、30近くの障害者施設の巡回調査を実施しました。どの施設でも受け入れは歓迎されましたが、安全面など改善が必要なところが多く見受けられました。そして、この調査を基に、「ヨルダン障害者施設における看護サービスの現状と改善に向けての提言」をまとめました。</p>

<p><br />
提言は、ヨルダン王室ラード殿下への御前講義という形で発表する機会を得ました。ラード殿下は、ヨルダンの障害者支援政策を担当する「障害者関連高等評議会」の総裁です。ラード殿下の呼びかけにより、障害者関連高等評議会の関係者のみならず、現場で障害者支援を実施する社会開発省の大臣、次官、および障害者関連局の局長らにも出席いただきました。</p>

<p><br />
「臭い物にはふたをする」といったヨルダンの風習を指摘した部分に対しては、やや風当たりが強かったものの、確かな成果がみられました。ラード殿下が、障害者関連高等評議会のスタッフに、フォローアップ委員会を設立し、障害者施設の看護サービスの改善状況をフォローすることを指示されたのです。また社会開発省大臣は、職員の待遇改善と職員研修への協力などを約束してくれました。</p>

<p><br />
翌日、今回の御前講義とフォローアップ委員会のことが新聞記事になり、ヨルダンの多くの関係者に改善に向けた動きがあるという印象を残すこともできました。伝えたいことがうまく伝わらなかった部分もありますが、ヨルダンの障害者支援が変わるよいきっかけになればと思います。</p>

<p><br />
ヨルダン人自身が問題を意識し、プロ意識を持って取り組むよう働きかけることで、少しでも障害者が救われ、働く職員の毎日の積み重ねが、障害者たちの笑顔につながることを願っています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>フィリピン理数科教育を本気で変えるシゴト、SAMURAI 6！</title>
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    <published>2011-12-26T02:25:03Z</published>
    <updated>2011-12-26T00:42:49Z</updated>

    <summary>SAMURAI 6、それはフィリピン理数科教育における課題解決を本気で達成しようとしている、青年海外協力隊の現役教員集団である。一定期間、重点的にメンバーの任地（イロイロ州、バイス市、タグビララン市）をチームで巡って、現地理数科教員（小・中学校）の指導技術向上のきっかけ...</summary>
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        <![CDATA[<p>SAMURAI 6、それはフィリピン理数科教育における課題解決を本気で達成しようとしている、青年海外協力隊の現役教員集団である。一定期間、重点的にメンバーの任地（イロイロ州、バイス市、タグビララン市）をチームで巡って、現地理数科教員（小・中学校）の指導技術向上のきっかけをつくることが目的である。</p>

<p><br />
われわれが集団化した主な理由は次の3点。（1）同じことを、複数の日本人が言うことによる、「車懸かりの陣」（注）的なアプローチ、（2）根本的課題に対する解決策の軸の共有と安定化による「ブレない」明確な提言活動、（3）「毛利元就の三本の矢」的な無限大の相乗効果、である。</p>

<p>　<br />
われわれは、各任地での経験から、課題解決のために最優先すべき提言は、基礎的指導技術の改善であるとの結論に達した。さらに、その提言を現地教員にとってキャッチーで覚えやすいものにするため、六つに体系化し英訳の頭文字を取って、「BAGONG（バゴン）ルール」とした。「板書」「発問」「視覚教材」「子どもの状態把握」「復唱と復習」「褒める」の六つである。バゴンとは、現地語で「新しい」と「以前の」という二つの意味を持つ。「一見、言い古されたことのようでいて未だ新しい」、それがバゴンルールなのである。</p>

<p>　<br />
われわれの使命は、この六つの提言をフィリピン人教員の意識の中へ浸透させること。そのために、この提言を教員研修会等で普及できる「バゴン（新しい）フィリピン人コア教師」を育成することである。具体的な手段としては、現地教育省の指導主事や有力大学の教授らと共に、われわれの提言に焦点化した教員研修会や学校訪問を実施し、講義や授業のフィードバック等を行うことである。最終的には、このような取り組みをフィリピン人だけの手で運営できるよう、現在、各メンバーがそれぞれの任地で活動を行っている。また、地域社会も巻き込んだ多面的啓発活動という観点から、現地の大手メディア（新聞社、テレビ局）と提携した記事づくりや番組づくりも行っている。</p>

<p><br />
2011年11月現在で、延べ1,600名以上の現地教員がSAMURAI6の活動に直接参加した。今後、これらの教員が、それぞれの同僚教員にこの経験を伝えるとすると、どれほど莫大な数の教員がわれわれの影響を受けることになるだろうか。彼らの自発的な行動によって、われわれの提言が大きなうねりとなりフィリピン全土へ波及していってくれればと願う。</p>

<p><br />
ほかのメンバーの任地での活動は、一見、自分の任地の状況からかけ離れているように思えるが、現地の教育長が、直々にこの啓発活動に参加するなど、その後の各任地での活動が効果的に進行しており、自分の任地にも大きな収穫をもたらしている。</p>

<p><br />
フィリピンの理数科教育を本気で変えるシゴト、SAMURAI 6。われわれは、新たな協力隊員の人材活用法や、協力隊事業の可能性に挑戦しているのである。</p>

<p><br />
<small>（注）複数の兵士が、入れ代わり立ち代わり次々と相手を攻める戦法。</small><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>誇り高き愛国心－伝統を守り、育てる－</title>
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    <published>2011-12-22T02:08:34Z</published>
    <updated>2011-12-22T00:39:31Z</updated>

    <summary>日に5回、モスクの尖塔（せんとう）から、イスラムの祈りの声が歌うように街にこだまする。シュミット（トルコを代表するパン）売りの声が、住宅街に朝を告げる。わが住まい13階の窓からは、オレンジ色の瓦屋根が延々と坂の街に続いて見え、さながらおとぎ話のワンシーンのようでもある。...</summary>
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        <name>入力担当者</name>
        
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        <category term="トルコ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="欧州" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>日に5回、モスクの尖塔（せんとう）から、イスラムの祈りの声が歌うように街にこだまする。シュミット（トルコを代表するパン）売りの声が、住宅街に朝を告げる。わが住まい13階の窓からは、オレンジ色の瓦屋根が延々と坂の街に続いて見え、さながらおとぎ話のワンシーンのようでもある。</p>

<p><br />
トルコ共和国の首都アンカラは、アナトリア高原の西に位置する。乾燥と日差しが厳しい。坂道をたくさんの車が行き交う。人々は、車の流れを読みながら、器用にも大胆に道路を横断する。</p>

<p><br />
アンカラの街を歩くと、ここかしこに掲げられた大きな国旗が目につく。そして、トルコ共和国建設の父、アタテュルクの銅像・肖像画を、いたる所で目にすることになる。第一次世界大戦後、戦勝国に分断されそうになったアナトリアを守り、現在の共和国の姿に導いたアタテュルクを、国民誰もが、今も敬愛してやまない。</p>

<p><br />
アンカラ市街地をすり鉢に例えると、底の平らな部分に、歴史的旧市街地および共和国建設後に、計画的に都市化された現在の中心街がある。私の赴任先、アンカラ女子工芸専門学校は、ちょうど旧市街と新市街のはざまに位置する。トルコの伝統的な手工芸品の収集・保存と製作技術の伝承・改良を目的として1958年に設立された国立の学校だ。</p>

<p><br />
ドレス製作、刺しゅう、アート、グラフィック、アニメーション、靴製作、手工芸、ジュエリー、セラミック、料理など多くの学科を有している。教員だけでも160人を超す大規模な学校だ。学科の約半分は生徒を取らず、数人の教員が日々創作活動を続けており、伝統の技術を守り後継するための研究所的要素も大きい。</p>

<p><br />
学校内には、オスマン帝国以前からの手工芸品などが収集・保存されたミュージアムがある。また、ここで製作された作品の一部が購入できるショップもある。私の所属先はグラフィックデザイン科。学校内のショップで販売される作品のパッケージデザインの考案、職員・生徒へのパッケージデザインとデコレーションの指導が任務だ。</p>

<p><br />
パッケージは、単にモノを入れる箱ではない。その機能と表情で、商品の優位性を示さなければいけない。ともすれば、消費文化の申し子のようなパッケージデザインの定義を、時代の方向性をかんがみながらいかに伝えるべきなのか、また、この学校で創り出される伝統をモチーフにした作品に、どのようにパッケージデザインを取り入れていくべきなのか。ちょうど赴任後1ヵ月が過ぎたが、心の中はまだ混沌（こんとん）としている。</p>

<p><br />
学校帰り、そんな思いのまま街を歩けば、大きなリュックを背負う私の傍らを、人を乗せた四輪の色とりどりの「パッケージ」が、勢いよく坂の街を走り過ぎて行く。<br />
</p>]]>
        
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    <title>みんなで囲む食卓</title>
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    <published>2011-12-20T01:54:14Z</published>
    <updated>2011-12-20T00:37:36Z</updated>

    <summary>「おはよう！ 朝ごはん食べた？」 お決まりのあいさつで、私の１日が始まります。路上の屋台で買った朝ごはんを持ち寄り、同僚と一緒に朝食をとります。ベトナムの朝は早く、8時には外来やデイケアに通ってくる子どもたちでリハビリ室はにぎわいます。 10時からは小児のデイケア室で活...</summary>
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        <![CDATA[<p>「おはよう！ 朝ごはん食べた？」</p>

<p><br />
お決まりのあいさつで、私の１日が始まります。路上の屋台で買った朝ごはんを持ち寄り、同僚と一緒に朝食をとります。ベトナムの朝は早く、8時には外来やデイケアに通ってくる子どもたちでリハビリ室はにぎわいます。</p>

<p><br />
10時からは小児のデイケア室で活動しています。ここには約40人の障害を持った子どもたちが自宅から通ってきています。ベトナムは、戦争の枯れ葉剤被害による重複障害児や、目覚ましい発展の中、多発する交通事故によって障害を負った子どもたちが少なくありません。</p>

<p><br />
デイケアにくる子どもたちは、疾患の種類や重症度もさまざまです。職員は、できる限りのケアを行っていますが、人手不足もあり、一人ひとりに合わせた対応は難しいのが現状です。</p>

<p><br />
それをサポートしているのが、私や世界各国からの短期ボランティアです。好奇心旺盛な子どもたちは、「日本語教えて～」と私のもとに駆け寄ってくるので、リハビリや、食事介助などのケアに加え、日本語を教えることもここでの活動の一つです。子どもたちは覚えた日本語を時折来る日本人にうれしそうに披露し、驚かせています。子どもたちが、外の世界を知るきっかけを提供したり、興味を持ったことに対して一緒に取り組んだりしながら、学び成長していく手助けをしたいと思っています。</p>

<p><br />
子どもと一緒に遊んだ後は、スタッフも私もおなかペコペコです。昼食では大皿に盛ったおかずをみんなで分け合いながら、ご飯をどんぶり2杯食べてしまうこともあります。おいしい食事を前にすると、自然と会話も弾みます。子どもたちのこと、たわいもない話から普段はなかなか話しにくいことまで、お互いに意見を言い合える貴重な時間です。</p>

<p><br />
夕食は現地の友達と一緒に作り、お互いの国の料理を振る舞います。一番喜ばれた料理はすき焼きです。甘辛い料理が好んで食べられている地方なので、任地の人たちの舌に合ったのだと思いました。</p>

<p><br />
食事の時間は言葉の壁を越えてコミュニケーションの場となり、楽しさやおいしさを他者と共感できる場、よい人間関係が築けるきっかけになっています。これからも、たくさんの人々と交流し、ベトナムを知り、また日本を伝えていけたらと思います。<br />
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