これこそ本当の戦争被害者
スレブレニツァ市のスケラニの町には、旧ユーゴスラビアの崩壊に伴う1992~1995年の民族紛争の際に、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボから避難してきたセルビア系の数家族が住んでいる。プロジェクトの仕事を時々手伝っているツェツァもその一人である。 彼女の家族が1992年にサラエボを脱出した時、彼女は当時5歳くらいで、親戚を2、3ヵ所頼り、たどり着いた最後の定住地がスケラニであった。なぜ最終地点がスケラニだったのか、彼女は知らない。 ツェツァを見ていると、彼女たちの年代は、本当の戦争被害者だと感じる。当時まだ小さかった彼女たちには何ら罪はない。セルビア系、ボスニア系、両者のこの年代の若者は、人生の出発点から紛争被害者の運命を背負わされ、一生涯その...
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