ありがとう、レコさん
レコ・ディダさん。アルバニア支援にかかわった人たちにとって、お世話にならなかった人は誰もいないでしょう。
人なつこい笑顔と小柄な体にあふれんばかりのバイタリティ。
ティラナの街を一緒に歩いていると、必ず「ハイ! レコ!」、「チャオ! レコ!」と声をかけてくる人たちがいます。街中知り合いばかり。
レコさんは、バルカン事務所のアルバニア駐在の在外専門調整員として、これまで9年間、それこそ身を粉にして母国でのJICA事業がうまく進むようにと動き回ってくれました。今月上旬にアルバニア大使夫人として東京に引越しすることになり、これまでの9年間のすべてを後任のソコル・コノミさんに託しました。
ところで、アルバニアという国をご存じでしょうか? ギリシャの北に乗り、イタリア半島をブーツとすると、そのかかとでバルカン半島を蹴とばした位置にあります。
1980年代末まで鎖国状態が続き、欧州最貧国と呼ばれたこの国にJICAは1990年に協力を開始します。その後オーストリア事務所からバルカン事務所に兼轄体制が変わり、日本大使館も当初の在オーストリア大使館から在イタリア大使館に移っています。
こうして日本大使館もないこの国での活動するにあたり、私たちは現地に足場がなく、いつも不便を感じていました。当時から技術協力に加え無償資金協力を行い、多くのJICA関係者がこの国を訪れていました。またアルバニアからの研修員もローマ経由で日本にやってきます。そうした国の現地でJICA事業の調整できる人を配置したいと思っていた当時のオーストリア事務所長の目に留まったのが、ちょうど東北大学での留学を終えた夫とともにアルバニアに帰国したレコさんです。「仙台はよかったあ」が口癖のレコさんは、なかなか日本を忘れることができず、また日本に関わりたいという思いがだんだん募ってきていた時で、お互いにとっていいタイミングでした。
そして、それ以来レコさんの大活躍が始まります。
「こんなこと頼んでも大丈夫かなあ・・・」と思っても、「ノー・プロブレム」の一言でいとも簡単に解決することでどれだけ助かったことか。そして、常に前向きです。会議の場でも決してネガティブな発言をしません。ある意味アルバニア人的明るさ、そして日本人的な人に対する思いやりの深さ。
だから日本の皆さん、レコさんをよろしくお願いしますね。今度は私たちが迎える番です。
レコさん。今度、大使館近くの築地市場でお寿司をおごってね。

レコさん

後任のソコルさん(写真左)とレコさん(同右)
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