イスラエルに行ったエジプト人研修員たち
昨年末、新聞やTVニュースでは「ガザの国境封鎖」、「パレスチナ人のエジプト越境」などが連日報道されていました。そんな状況下で日本・イスラエル援助協調によるエジプト支援プロジェクトは続けられていました。
エジプトでは大学を卒業したものの就職先がない人が多く、政府はナイルデルタの農業地帯の周辺の砂漠を開拓して、土地なし農民や仕事のない学卒者を入植させる事業を実施しました。学卒者には各戸5エーカーの土地が割り当てられますが、大学で農業を学んだ人たちばかりでなく経済学や法学などを学び農業経験のない人も多く、これらの人たちに農業技術を指導することが課題でした。砂漠開拓地での農業技術は隣国イスラエルで発達しています。そこでJICAが仲介役となりエジプトとイスラエルの農業技術協力が2006年に始まりました。
プロジェクトが開始したばかりの頃、イスラエル軍のレバノン侵攻によって「無期限凍結」という事態に陥りましたが、予想外に早く再開されてエジプト研修員がイスラエルに行き、野菜栽培と有機農業コースの研修を受けました。パレスチナ事務所がイスラエルの国際協力機関MASHAVとの窓口となり、エジプト事務所が農業・土地開拓省との調整を行い続けたおかげです。アスワンからアレキサンドリアまでの入植地から選ばれた20人の学卒入植農民と普及員が3日間エジプトでの事前研修を受けた後、イスラエルに行って約3週間にわたってテルアビブ郊外の農業研修センターで講義を受け、農場での実習や農業普及所見学をします。そして研修が終わって半年後、今度はイスラエル人講師がエジプトに来て研修員の農場で技術指導をする現地適応化研修が行われます。もちろん各研修コースに日本人講師も参加して研修の一部を担当します。
初年度の実績を踏まえて、カイロで開催された合同ステアリング・コミティ会議でエジプト、イスラエル、日本の代表はともに研修コースの倍増に合意し、2007年度は灌漑と普及員向けの2コースが加わりました。研修に参加した年配の農民は言ってくれました。「ナイルデルタでは誇るべき伝統的な農法があり、生産力も高いのだからイスラエルから教わることはない。でもイスラエルに来て、砂漠地帯での新たな農業技術を自分の目で見ることができて本当に良かった」。また、体格のよい農民は「近代灌漑設備は金がかかる。だから8戸の農家で共同経営をすることにしたのだ」と話しました。誰もがイスラエルで学んだことを自分の農場で役立てようと懸命です。周囲の反対を押し切って、新たな農業技術を学ぶためにイスラエルに行ってきたのだから。
私は、これまで約30年間アラブ諸国やイランでの仕事をやってきたこともあり、正直言ってイスラエル人を全く知らず、ただ「イスラエルはパレスチナ人を虐げている悪い国」とだけしか思っていました。しかし、イスラエルに行ってイスラエル人の中にアラブの人たちと仲よくやっていきたいと切望している人が大勢いることを目にした時、これまでの自分を恥じたのです。
今年は20人中で3人くらいが研修開始の寸前でキャンセルを申し出ました。研修管理をする側は困るのですが、エジプト人がイスラエルに行くということは、それだけ大きな決断を要することだと気付かされます。国と国とは根深い困難に直面していても、「人と人との結びつき」の強さを信じながら、これからも活動していくつもりです。今は、さらに日本とイスラエルの援助協調でヨルダン支援を行おうと着々と準備が進められています。3月初めには8名のヨルダン農業研究者と普及員がイスラエルを視察しました。

マリュート農業薫染センターに集まったエジプト人研修員とイスラエル人講師たち(2007年1月)

エジプトのベニスエフの農家を訪問したイスラエルの野菜栽培専門家(2007年1月)

ヌバリア地区の有機栽培農家で技術指導するイスラエル人講師(2007年1月)

国際農業研修センターでの「灌漑コース」に参加したエジプト人研修員たち(2007年12月)

閉講式でエジプト人研修員に修了証書を手渡す成瀬パレスチナ事務所長(2007年12月)

ヌバリア地区の果樹と野菜栽培農場での意見交換(2008年1月)