ヨルダン渓谷の人と自然との新たな歩み

 地球の地肌を感じるような、薄茶色の荒々しい急傾斜地が向かい合う、深く、広大なヨルダン渓谷。ここはアフリカ大陸から続く大地溝帯の北端にあたる。ヨルダン渓谷は、世界で最も標高が低い場所、死海(海抜マイナス418メートル)を含み、南北へと標高海面下の低地が広がっている。冬でも温暖なこの土地は、渓谷の中心を流れるヨルダン川など水資源にも恵まれ、人類最古の農業が行われていた場所でもある。さらには、かつてライオンやワニ、ヒョウなどの大型動物も生息し、緑の森がそこに存在していたという記録さえも残っている場所だ。


 しかしながら現在の状況は過去の記録とはずいぶんと異なる。雨が少なく、乾燥したこの地域では、近年の人口増加や農業拡大、地球規模の気候変動、国際河川の問題など、様々な課題が逼迫した水資源に拍車をかけている。時代の移り変わりと共に定住した羊飼いによる過放牧も相まって、多くの動植物はこの地から姿を消し、乾いた地面が露出する現在の景観が作り上げられてきたのだ。


 このヨルダン渓谷を死海から北上すること約70キロメートル、イスラエルとの国境近くに私の任地、Ziqlabダムがある。このダムは、かつてはヨルダン川に注いでいた川を堰き止め、主に農業用水の確保を目的に1966年に作られたものだ。そしてこのダム周辺において私の配属先「地球の友-中東」は、生態系に配慮した自然公園作りに取り組んでいる。標高は海抜マイナス200メートル程、夏の日中の気温は50度にも達する。乾いた大地と羊の群れが今のこの場所の象徴である。


 自然公園作りといっても当初は何もない荒地から始まった。羊たちの採食圧から土地を保護するためにフェンスで囲い、硬く締まった地面を耕して木々を植えていく。具体的な作業開始から今年で4年、初期に植えられた木々は灌漑(かんがい)の力を借りて木陰をもたらすほどに成長し、様々な昆虫や鳥類も姿を見せ始めている。「生態系調査」で活動している私の役割は、現況を知るための動植物調査やデータベースの作成、さらには公園推進計画のサポートなどである。昨年からの調査では、公園内で150種以上もの植物を確認し、渡り鳥を含め様々な鳥類が公園を利用していることが分かった。多様な生物の存在が私達に公園の自然回復状況を教えてくれているのである。


 歴史溢れるヨルダン渓谷の人々の暮らしは決して豊かではない。その人々の暮らしがある中で、環境意識の普及は実作業以上に困難を極める。しかしながらその真っ只中で、このような生態系保全活動が具体的に開始されたのはまさに大きな挑戦である。まだその広がりは微々たるものだが、人と自然との濃密な関わりによって作られてきたこの渓谷に、確実に新たな価値観が生まれてきている。人と自然の次世代の育成に向け、ヨルダン渓谷は今、新たな歩みを始めたばかりだ。

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ヨルダン渓谷の農地とウエストバンク。ヨルダン渓谷に広がる大規模農地。その奥にはウエストバンクが見える

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Ziqlabダムとダム湖。ヨルダンの貴重な農業水をもたらしているZiqlabダム

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羊の群れ。公園の周辺には、6,000頭を超す羊が生活する


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雨期の公園。短い雨期の期間、公園は緑に包まれる

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乾期の公園と農地。フェンスで囲まれた公園では、乾期でも枯れ草が地面を覆う

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公園で昆虫などの餌を探しているコキンメフクロウ