観光客が歩き出す町づくりを目指して
モスクから流れるアザーン(注)が終わると、待っていたようにあちこちの教会から、鐘の音が鳴り始める。ヨルダン中部、古都カラクの朝。
毎日、家から職場へ通うのに、私は乳香の香りがたちこめる教会の中庭を抜ける。ミサでひっそりとした教会とは対照的に、向いの大きなモスクからは、お祈りを終えた男達がどっと出てきてとても賑やかだ。私も彼らの流れに乗って、人と車がひしめく市場(スーク)にでる。もう少し進むと馬に乗ったアラブの英雄サラディンの像が建つ小さな広場があり、ここが町の中心だ。
広場からは、大通りが南北に走り、商品を店の外まで積み重ねた小さな専門店が軒を列ねる。通りを歩き始めてすぐ、肉屋や皮革屋の匂いが鼻孔をつく。早足に逃げるように歩を進める。しかし、全身をすっぽり覆った民族衣装の女性達のゆっくりとした歩みに前方をさえぎられ、思うように進めなくなる。カフィーヤという格子柄の布を頭に巻いた老人達が、辺りで話に興じている。人々も町の空気も、都市のしゃれた雰囲気とは程遠く、とても人間くさい。私の家から町の端まで10分も歩けば、十字軍時代に建てられて堅固な城壁を誇るカラク城に着く。ここが私の活動先のひとつだ。
現在、私は観光振興による地域おこしの一環として、外国人観光客向けの「町歩き地図」を作成している。1142年に建てられたカラク城は、十字軍が樹立したエルサレム王国の重要な軍事拠点で、ここを舞台にサラディン率いるアラブ軍と十字軍の激烈な戦闘が展開された。城はアラブ軍の猛攻に1年以上耐え、最終的には1189年に落城した。このカラク城の遺跡は、十字軍建築様式を今にとどめており、威風堂々とした姿は海外から多くの観光客を惹きつけている。
しかし外国人観光客の市内での滞在時間は1時間半程度。ほとんどの観光客は城の手前に車で乗りつけ、城を観光した後、去っていく。中世の面影を残す町のたたずまいを自分の足で歩いてこそ、本当のこの町の魅力が味わえる。それだけに遠路遥々(はるばる)訪れる観光客が、城塞だけを見て帰っていくのは非常に残念である。イスラエル・ヨルダン(そして時にエジプトも)と観光する忙しい旅程、充分でない駐車場、保守的な土地柄など、その理由は様々だが、調べていくうちに「観光客が町の情報を得ることができない=歩き出しにくい」のも原因のひとつであることが分かった。また、城前の限られたお店のみが観光ビジネスを独占し、ほとんどの地域住民は観光客が訪れている恩恵を全く受けていないことも分かった。観光客が「町歩き地図」を手にして、町の巡り歩きを始めれば、地元の人との交流も深まってくるはずだ。そして交流の深まりがひいては町の活性化にも役立っていくものと信じている。他にも観光振興に関する問題は山積みであり、地図の配布は小さな取り組みに過ぎないが、お世話になったカラクの人々へ、そんな形で少しでも恩返しができればと思う。
(注)イスラム教徒に対する、礼拝の呼び掛けのこと。(広報室)

丘の上の城塞都市カラクの外観。城塞も旧市街も城壁に囲まれている

町のあちこちに今も残る見張り塔

城塞から眺める死海。その向こうはヨルダン川西岸が見える

スークにあるパン屋は、ほとんどが釜焼き。もっちりとしておいしい

ヨルダンで最も南にあるキリスト教区。旧市街には四つの教会がある

カラクといえば、マンサフ! ヨーグルトのスープをかけて食べる