教室はだれのもの?

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床に無数の紙片が散らばり、事務机は白っぽい土埃(つちぼこり)におおわれていた。配属直後に執務室だといって通された部屋へ足を踏み入れたときのことである。その小部屋と通路をはさんで日本語専用教室があり、そこでわたしは日本語を教えることになっていた。講座は大学の単位認定外の公開講座で、その運営と実施がわたしに課せられた主たる活動内容である。


受講生の募集・選考・開講日程などについて事務長と打ち合わせをしているとき、彼のほうから「掃除はちゃんとさせますよ」といってくださったので「では、週に一度お願いします」と反射的にいってしまった。事務長が一瞬ことばをつまらせ、しかし魅力的な笑みをみせ「一か月に一度」という。「はい、ありがとうございます」と答えながら、胸の内で「たとえ月一度でもいいじゃないの、してもらえないよりは」と思っていた。


ところが実際は2、3ヵ月に一度しか掃除してもらえないことがわかった。自分でするしかないのである。高窓しかない倉庫のような執務室はそう広くもないし、自分で管理できるから、そこそこきれいに保つことができる。教室をどうするか。教室もさほど大きくない普通教室で机の数はざっと30。受講生も一度に入るのは多くて20人程度。しかし毎日のことだから、けっこう汚れる。


授業の前後に目立つごみを拾い、机と椅子をそろえるのはわたし。授業のあと、椅子を机に納めていく学生は数えるほどしかいない。それどころか机の位置は大きくずれ、勝手に移動した椅子はあちこちに点在している。それをわたしが一つひとつそろえていくのを見て、手伝ってくれる学生もいるけれど、同じことを繰り返す日々がつづいた。


ところが活動2年目に入ったある日、受講生のリーダー格のDさんが、「これから毎週教室を掃除します」というではないか。「え、Dさん、あなたが?」と聞くと「わたしもしますが、みんなでします」「いつ?」「土曜日、ホントです。見に来てください」


土曜は毎週ではないが、午前中に補習講座、午後は日本文化に関連するミニ講座を行っている。折り紙、生け花、書道などのワークショップやDVD鑑賞など学生たちにとっては語学学習以外のお楽しみ、授業とはまた別の素顔をみせてくれる。


きょうも本番が近づいた日本語スピーチコンテストの総ざらいのあと、学生たちは椅子を机の上にあげて教室の掃除をはじめた。教室の主役は講師でなく自分たち、彼らにとって教室はある種シェルターのようなものであるという意識が根づきつつあるのかとうれしくなった。

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日本語教室がある大学の人文学部校舎(フェズ)

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「ほら、上手でしょ?」。折り紙ワークショップで

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生け花ワークショップを楽しむ日本語講座の受講生


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ダンスでもするようにほうきを手にする受講生

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いすを机の上にあげて床を掃除する

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