世界遺産の街に住む

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迷路のような路地に入り込むと、驚きが待っている。ひしめく塔状建築、その奥に見えるドームのモスク、ステンドグラスの窓、車のフロントガラスをすべり台にして遊ぶ女児、路地の通りを陣取ってカードゲームやサッカーに嵩(こう)じる子供たちの歓声――この街や人には情景がある。ここに住もう!と決めた。イエメンの首都サナアに「コミュニティー母子栄養・保健プロジェクト」の業務調整・研修計画の専門家として赴任して3日目に新市街のホテルを後にし、旧市街に移った。


サナア旧市街は周囲が5キロメートルほどの区域で、日干しレンガの要塞で囲まれた都市であった。伝説によると、旧約聖書創世記に出てくる「ノアの方舟」のノアの3人の息子の1人であるセムが開いた街とされている。この地に人が住み始めて以来、数千年の悠久の時間が流れているのである。現在、モスクの数が103、約6,000世帯を抱える街であり、1986年にユネスコ世界遺産となっている。


旧市街のホテルを拠点に自宅探しを始め、家は2週間程で見つかった。長い間空き家であったので住めるようになるまでにしばらく時間がかかった。家は5階建で築200年以上である。旧市街の建築物の特徴は、建築強度の点から建物の中心に階段を設けるのが一般的である。我が家の場合、そのスペースは全床面積の3分の1を占めている。各階の部屋も狭く、5階建てと言っても住空間は日本の3DK住宅とあまり変わらない。1階には家畜や石臼の部屋が残っており、2階は穀物倉庫の形跡がある。3階以上が人間用の居住空間で、台所は4階にある。内部の天井や壁の仕上げは石膏(せっこう)を手で塗り込んでいるため、角が取れて丸みを帯びている。家の中にはほとんど直線がないことに気づき、自分の性格も丸くなったような気分になる。住環境は快適であるが、物忘れが多く、毎日階段を上ったり下りたりを繰り返すはめになってしまった。


居間の窓から外を眺めていると、観光客らしい人々がこちらにカメラを向けて写真を撮っている。旧市街の中でも、私の家の前には共同菜園があり緑が多く、写真撮影のいいスポットになるようだ。イエメンに関する洋書や観光省の出版物、果てはティッシュペーパーの箱のデザインにも我が家が写っている。


旧市街の徒歩での散策は楽しみの一つだ。アブドラハマーンさんの鍛冶屋に時々足を運ぶ。アブドラハマーンさんはおもしろいデザインの照明器具を作るので、見るのを楽しみにしている。いいのがあると買って帰り、それを自分の家に取り付ける。


昔ながらの石の窯で焼くパン屋もある。周りが薄暗くなりオレンジ色の街灯が灯る頃、ラビアさんのクリーニング屋に洗濯物を出しに行き、その後シナンさんのパン屋に寄ってアツアツのパンを買って帰る。パンを口に入れ家路を急ぐと、近所の子供たちが道の真ん中で、肩組みの輪になって遊んでいる。ミナレット(モスクの尖塔)から聞こえてくるアザーン(礼拝の呼び掛け)に合わせて「アラーー!」と皆で合唱しているのだ。子供たちはどんなことでも遊びに変えてしまう才能にあふれている。


この街には古くから息づいている緩やかな人間生活のリズムがあり、まわりの石造りの景色の中にいると、ふっと中世の時代にタイムスリップしたような気分になる。


(関連リンク)
コミュニティー母子栄養・保健プロジェクト(ODA見える化サイト)

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我が家は赤い絨毯(じゅうたん)の左斜め後ろの凸型の入り口が目印

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停電の旧市街もまた味がある。遠くに見えるのは新市街の光の海

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魔法の絨毯があればタワー建築の谷間を飛んでみたい気分になる


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アブドラハマーンさん(真ん中)と二人の息子さんで鍛冶屋を経営している

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石板と鉄で作られたアブドラハマーンさんの照明は、世界遺産の家によく映える

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パン屋を営むシナンさん。石窯から出したてのパンが買える

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